2026.09.23

ヨガが嫌いになった私が、もう一度ヨガを好きになるまで

皆様、こんばんは。

一般社団法人 日本企業ヨガ協会代表理事の余吾千洋です。

今夜も少し、私の記憶を遡ってみたいと思います。

これまでの人生で経験してきたこと、その中でヨガから教えてもらったこと。

今だからこそ気付けることもあります。

今夜は、そんな自身の体験から得たヨガの気付きについて、お話ししたいと思います。

高校を卒業してから、私は名古屋を離れました。

イギリスへ留学して、その後は神戸、そして大阪へ。

気づけば10年近く、名古屋を離れて暮らしていました。

そんな私がホットヨガの仕事を辞めたあと、人生で一番苦しい時期がやってきます。

仕事も、人間関係も、自分自身のことも。

あの頃の私は、本当にどうしていいのかわからなくなっていました。

そんな私に両親が言ったんです。

「もう、帰っておいで。」

自分から帰ることを決めたというより、半分、強制送還です(笑)。

でも、今思えば、あのとき帰ってきたことが大きな転機となりました。

10年近く家を離れていたからこそ、家族の存在が身に沁みました。

何かを成し遂げたから迎えてくれるわけでもない。

仕事がうまくいっているからでもない。

ただ、

「おかえり」

と迎えてくれる。

離れていたからこそ、家族の大切さがわかりました。


名古屋に戻って、もう一度ヨガと出会う

名古屋に戻ってから、もう一度初心に戻って向き合おうと大須にオープンしたばかりのヨガスタジオで受付として働き始めました。

そこで出逢ったのが、今、一緒に日本企業ヨガ協会を運営している古賀奈子さん。

そして、私のヨガの実践の根っことなる大切な恩師にも出逢いました。

その先生から教えてもらったのが、瞑想でした。

それまでの私は、ヨガといえば身体を動かすことだと思っていましたが

瞑想に出逢い、よりヨガが心地の良い時間となりました。

今でも覚えているのは、湯船に浸かったような感覚。

静かに座って、自分の呼吸を感じる。

ほわ~っとあたたかくなり

いつの間にか時が経っていたことを...

その後、私はバリ島のウブドへ、2週間のBALI YOGA TTC

(JNANA YOGA講師養成講座)を受けに行きます。

そこでさらに、ヨガが単なるポーズの練習ではないことを知っていきました。

ヨガは、

「私は、どう生きるのか」

を、自分の内側に問いかけるものでもある。

そんなことを、少しずつ学んでいきました。

そして瞑想を通して、

今、この瞬間瞬間を生きる。

ということの大切さも知りました。

過去に戻ることもできない。

まだ来ていない未来を生きることもできない。

私たちが生きられるのは、結局「今」だけなんですよね。


「良いこと」も「悪いこと」も、すぐにはわからない

ヨガを学ぶ中で、私の心に残った考え方があります。

それは、

物事には、最初から「良い」「悪い」と決まった意味があるわけではない。

ということ。

これを説明するとき、私はよく「塞翁が馬」という昔の話を思い出します。

昔、ある老人が馬を飼っていました。

ある日、その馬が逃げてしまった。

周りの人は、

「それは災難だったね」

と言いました。

しばらくすると、その馬が別の立派な馬を連れて帰ってきた。

今度は、

「なんて幸運なんだ!」

と喜ばれます。

ところが、その馬に乗った老人の息子が落馬して、足を折ってしまう。

「なんて不運なんだ……」

と思ったら、その後、戦争が起こり、若者たちが兵士として召集される。

でも、足を折っていた息子は戦争に行かずに済んだ。

良い。

悪い。

やっぱり良い。

……と思ったら、また何かが起こる。

人生って、たぶん、こういうことなんですよね。

幸せに見えることが、不幸につながることもあり、
不幸に見えることが、思いがけない出来事につながることもある。

良い→悪い→良い→悪い。

ずっと、その繰り返し。

だから、その瞬間だけを見て、

「これは最悪だ」

「これは最高だ」

と決めてしまうと、あとになって意味がひっくり返ることがある。


私の人生も、まさにそうだった

ホットヨガを辞めたこと。

あのときの私は、完全に「最悪」だと思っていました。

仕事も、人間関係も、自分自身も、全部うまくいかなくなった。

でも、名古屋に戻ったから家族の大切さを知った。

常温のスタジオに行ったから、奈子さんに出逢い

恩師に出逢った。

瞑想を知った。

バリにも行った。

そして、今まで知らなかったヨガの世界を知ることができた。

もし、あのとき順調だったら。

私は、今の私になっていなかったかもしれません。

だから今は、

「あの出来事は悪いことだった」

とは言えない。

でも、

「あれは良いことだった」

とも簡単には言いたくない。

だって、あのときは本当に苦しかったから。

そこで私は、少しずつ気づいていきました。

物事そのものに、良いも悪いもない。

ただ、出来事が起こっている。

そこに、

「これは良いこと」
「これは悪いこと」
「これは幸せ」
「これは不幸せ」

と意味をつけているのは、出来事そのものではなく、自分自身なんだと。

同じ出来事でも、見る人が変われば受け取り方は変わる。

時間が経てば、自分自身の受け取り方だって変わる。

そう考えると、

何かが起きたときに、すぐ答えを出さなくてもいい。

「今、こういうことが起きているんだ」

まずは、それだけを見てみる。

それは、瞑想で教えてもらった

「今、この瞬間にいる」

ということにも、つながっていたんだと思います。

そして

「目に見えているものだけが、この世界のすべてなんだろうか?」

そんな疑問が、少しずつ私の中に生まれてきました。

チャクラって何?

エネルギーって?

宇宙の法則って?

人には、まだ自分でも知らない何かがあるんじゃないか。

……はい。

ここから私は、いわゆるスピリチュアルの世界に、ハマっていきます(笑)。

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